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ご来場ありがとうございました

ひとりで歌うグレゴリオ聖歌26 演奏会

​聖霊降臨後第10主日のミサ

Missa dominica decima post pentecosten

2019年9月11日(水)19時30分開演(終了予定20時30分頃)

大阪市中央公会堂 第5会議室​

入場料 2000円

関連ご参考動画等は

こちら(ひとりで歌うグレゴリオ聖歌27)から

使徒書簡朗読
(コリントの人々への第一の手紙 12:2-11)

兄弟たちよ。
あなた方は、自分が異教徒であったとき、惑わされて、口のきけない偶像のもとへ連れていかれるままになっていたことを知っています。
それで、はっきり言っておきますが、神の霊によって語る者は、誰も「イエスは呪われよ」とは言いませんし、

また、聖霊によらなければ、誰も「イエスは主である」と言うことはできません。
霊の特別な恵みにはいろいろの種類がありますが、恵みをくださるのは同じ霊です。
奉仕にはいろいろの種類がありますが、仕えるには同じ主に対してです。
働きにはいろいろの種類がありますが、すべてのもののうちにあって、すべてのことを行われるのは、同じ神なのです。
人それぞれに霊が現れてくださるのは、全体の利益のためです。
すなわち、ある人には霊を通して知恵の言葉が、ある人には同じ霊によって知識の言葉が与えられ、
ある人にはその同じ霊によって信仰が、ある人にはその唯一の霊によって病気を治す特別の恵みが、
またある人には奇跡を行う力、ある人には預言、ある人にはいろいろな霊を見分ける力、

ある人にはさまざまな異言、ある人にはその異言を解釈する力が与えられています。
以上すべては、唯一の、また同じ霊の働きであって、霊はお望みになるままに、人それぞれに恵みを分けてくださるのです。



福音書朗読
(ルカによる福音書18:9-14)
その時。
自分を正しい人間であると思い込み、ほかの人をさげすむ人々に、イエスは喩えを語られた。
「二人の人が祈るために神殿に上(のぼ)った。

一人はファリサイ派の人で、もう一人は徴税人であった。
ファリサイ派の人は胸を張って立ち、心の中でこう祈った、

『神よ、わたしがほかの人たちのように、略奪する者でも不正な者でも、姦淫を犯す者でもなく、

またこの徴税人のような者でもないことを、あなたに感謝します。
わたしは週に二度断食し、全収入の十分の一を納めています』。
ところが、徴税人は遠くに立って、目を天に上げようともせず、胸を打ちながら言った、

『神よ、罪人(つみびと)であるわたしを憐れんでください』。
あなた方に言っておく。

義とされて家に帰ったのは徴税人であって、ファリサイ派の人ではない。

誰でも自ら高ぶる者は下げられ、自らへりくだる者は上げられる」。

 


〔「聖書」フランシスコ会聖書研究所 訳注 より〕
 

 

 

 

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